会長挨拶

「日本児童青年精神科・診療所 連絡協議会」設立の趣意書

 

 発起人会、および児童精神科クリニック交流会を経まして、この度、「日本児童青年精神科・診療所 連絡協議会」の設立に至りました。

 ご存知のとおり、わが国の児童青年精神医療の歴史は浅く、これまで、ごくわずかの先駆者が、その道を切り開かれたにすぎません。しかしながら、近年の我が国における子どもの精神障害や、メンタルヘルス問題への関心の高まりから、地域においても、少しずつ臨床実践に取り組まれるようになりました。

 こういった個々の活動は素晴らしいものではありますが、お互いの経験を基に交流することや、まとまった活動をすることはなく、孤軍奮闘しているのが現状です。

 そこで、発起人の呼びかけにより、第1回目の交流会を昨年、第55回日本児童青年精神医学会開催中に、開催いたしましたが、多くの参加者から、いろいろな意見を聴く機会となりました。

 この結果を受け、今後の活動を目指して、「日本児童青年精神科・診療所 連絡協議会」を立ち上げることにいたしました。

 これまでのご意見を基に、以下のようなコンセプトで、会を組織し、活動の実施計画を立てました。

1. 主たるコンセプトとしては、「児童青年精神医学ないし臨床」は、成人精神医学とは似て非なる存在である。つまり、成人精神医学の一部というより、もっと独自性が高い。その理由は、横断的な視点としては、発達という視点を持つこと、そのために、年齢による精神的健康、精神症状のとらえ方や出現の仕方が異なること、さらに年齢による症状の軌跡を伴うこと、子どもを診てはいるが、それはその子の成人期を視野においての視点で見ていることなどによる。この点を明確に意識すれば、児童青年精神科医としてのアイデンティティーがはっきりとする、と考える。

2. 児童青年精神科の診療を実践し、診療所を管理運営することは、このアイデンティティーを実感し、地域に責任を持った診療を実践していくことでもあるが、これを、社会に広めていく意欲と責任を痛感することにもなる。

3. 主要な活動内容は、相互交流、研修、診療所運営に関することとする。相互交流には、情報交換、意見交換、親睦などを、研修には、スタッフ研修、医師自身の研修、児童精神科医養成研修などを、診療所運営には診療報酬などの経済面、医療政策の適切な実施、管理運営などを含む。

 

 このように、児童青年精神科医としてのアイデンティティーが必要であることから、組織を整えることにいたしました。

 この趣旨をご理解いただき、ご賛同いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

                          連絡協議会 会長 長尾圭造

 

ラップアラウンド方式

 

 子どもの精神障害を入院させることなく、家庭で支える方法が、いくつか工夫されている。より有効に、よりコストが少なく、また家族が助かり、子どもの人権に配慮するように。それらには、多機関連携、ケースマネージメント、地域包括支援などがある。多機関連携は、サービスに漏れが多く有効性に乏しいことがわかっている。集中的ケースマネージメントはそのケースの中心になる人が、あらゆる機関との調整や連携をするが、一人に負担がかかりすぎ、安定性に欠ける欠点がある。臨床的ケーズマネージメントは個人的にかかわるために、入院を増加促進させるが、退院が早く、回転ドア式入院となる可能性が指摘されている。地域包括支援は成人精神障碍者への社会での生活支援である。

ラップアラウンド方式とは、(提供者側のニーズではなく)利用者のニーズに基づき、家庭と子どもを支えるサービスであるが、地元のボランティア、多職種専門家が一体となり、24時間を視野に入れた支援をする取り組みである。地域の人が訪問し、入院生活を避け、家庭での生活を支援し、治療も、教育も受けられるような方法で、しかも家族をも支援するという考えである。まさにラップ、ぐるぐる巻きサービスである。

これを実施するには、専門家だけでは追いつかない。地元の底力がいる。本当の意味での協力関係がいる。また、その家族の気持ちや事情を受け入れ、家族の希望に沿った形での支援となるようにする。例えば、状態の悪いときは、無理に学校にいかぜず、家庭訪問をする、家庭での居心地を安定させる、保護者のストレスを軽減するといったことができれば、有効な策と思われる。

これができるには、クリニックは開かれたオープンな場所であり、相談に来やすく、また、親切にあふれた人たちが地域に居ないと成功しない。地域をオーガナイズする力量が問われるが、それを、我々の目標としなければならないし、そうすることで子どもたちが救われるだろう。自分がしなけりゃ誰がすると思い、しんどいけれど、コツコツとするしかない。

 

CDRPsychological autopsy

 

 CDRとはChild Death Reviewのことで、子どもの死亡登録・検証制度のことである。子どもの虐待死は年間少なくとも50数例あり、後を絶たないだけではなく、実は見逃し例が警察報告の少なくとも数倍はあるのではという小児科医たちの研究報告がある。それは虐待事例が病院を受診する場合、小児科ではなくて、救急病院や脳外科などで、見逃される場合もある。必ずしも専門性の高い医師がいるわけではないからである。その理由は大学で虐待死を教育することが少ないこと、死亡時後の検証が乏しいことである。そのために警察の調書をもとにして、各専門分野からそれを検証するシステムの構築が急がれる。

子どもの病死や明らかな事故以外の死亡は、警察が調査するが、その内には、15歳以下の子どもの自殺、転落事故、その他の事故なども含まれている。わが国では15歳以下の子供の自殺は年間約50例で、20歳以下では600名いる。この検証に対しても、今のところ何もなされていない。しかし、すでに先進国ではpsychological autopsyが法制化して、子どもの自殺予防に役立てられている。この言葉は、日本語では心理的剖検、ないし精神医学的剖検と訳されてはいるが、なんら実施されている段階ではない。

カナダのイヌイット族の集落でも実施しているこの制度が、わが国では議論にさえなっていない。子どものメンタルへルス後進国を象徴している。それは、この分野の専門家が少なく、声が小さいからに過ぎない。子どもの自殺を防がなければならない。どうすればいいのか。日本の大学の精神科教授がこのことをどれだけ知っているだろうか。どれだけ先頭に立ってくれるだろうか。期待できない分、私たちが立ち上がるしかない。ここは小児科にご理解いただき、子どものCDR制度に乗るべきである。

自殺だけではない。ADHDと思われる子の自宅窓やベランダから転落事故もある。警察の調査では、他殺でなければ、すべて単なる事故として片づけられている。その中には、2階の窓から落ち、側溝に転落したために死亡する例もある。これもCDRで検証できる。私が卒業した1970年には英国では子どもは5階以上に住まわせないとう制度があった。街作りに、精神科医が委員として参加しているためである。わが国で町つくりに精神科医が呼ばれているだろうか。地域・社会全体がメンタルへルス後進国である。こう考えると、私たちの仕事はまだまだ山のようにある。子どもを守るために。